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死ね死ね死ね死ねと毎日
手紙があっても
陰で悪口言われても
目の前で物壊されても
生きてたかった
だから嘘ついて生きた


電話に怯えてた
車に怯えてた
インターホンに怯えてた
外に出るのが怖かった

視線に怯えてた
すれ違う人に怯えてた
声にも物音にも
全てに怯えてた

一度だけ学校を休んだ日
全部が怖くて限界だった
昼間ずっと泣いていた
もう死ぬしかないと思ってた

お母さんが泣いてた
私が泣かせたんだ
お父さんに怒鳴って泣いてた

でも昔
私は馬鹿と言われたから

2年生の頃
友達に裏切られた時
馬鹿と言われたから

もう何も言えなかった
馬鹿だと言われるのが怖くて

一度だけ休んだその日
仕事から昼にお母さんが
帰ってきてくれて
私は泣いてるのを見せたくなくて
寝てるフリをした

気付いてたか
どうか知らないけど
お母さんはご飯を作ったあと
私の部屋にきて
そんなズレてない
布団を直して
また仕事にいった

お母さんの
直してくれた布団から
出たくなかったけど


私は もう 生きていける

そう思った



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私の記憶では、
私は元気で明るい子供でした。

私は小さい頃から
面倒な性格でしたので
異常に傷つきやすかった。


ある時、クラスメイトにからかわれ
笑われたことがショックで
泣きながら先生を尋ねた先で
先生に笑われたことに
ショックを受けました。

今考えれば
先生は慰める意味で
微笑んだのでしょうが、
私にはわからない表情の一つでした。


からかわれた
恥ずかしい思いをした
騙された
等と思いやすかったのです。


集団登校だったで
多少の集合時間の前後がありましたが
私は自分が自分の時間に
少しでも遅れると
置いていかれたと勘違いし
パニックを起こしたり
泣きながら走って学校へ
行ったこともありました。


私は小学校低学年の頃
学校に毎日通ってはいましたが、
1時間だけであったり、
給食の時間だけであったりしました。


あの時の私にもう少し
余裕や安心感があれば、
今ほど自信を喪失することには
ならなかったのではないか
という思いが強いです。


車の中から見た、
校門が忘れられません。

お母さんから離れ、
一人で歩いて教室に行くのは
嫌でした。
辛いことでした。





2011/02/19 (Sat)
私が初めて「死にたい」と考えたのは
小学校2年生の時でした。

死ぬ=事故だと思い、
自転車をこいでわざと転びましたが
痛いだけでした。


物心ついたときから
「自分の体は自分のものでない」
と確信していましたから
しきりに「足が痛い」と言って
両親を困らせたのもこの頃でした。

「足が痛い」と言えば
この体が私のものでないことに気づき、
両親か医者が私の足を
切り離してくれると思っていました。

おかしい思考回路ではありません。
だって私のものではないのですから。

そのくらい
私にとっては違和感だったのです。




2011/02/20 (Sun)
私は毎日学校へ行けるように
なっていました。

しかし
「絶交して下さい」という
手紙を受け取り始めたのは
この頃でした。

私には他人が「嫌だ」という
感情はとてもわかりにくいものでした。

自分以外の物や動物のことは
なにも理解できていませんでした。

端から見れば
ただのわがままに見えたのでしょうが
一体、人は、何を手がかりに
「自分と人の考え方は違う」
理解することが出来るのでしょう

私は「私が楽しいと感じていることは
その人にとっても楽しいこと」
そう信じていました。

このことは、
寧ろ今でも信じる他にありません。





2011/02/20 (Sun)


小学校低学年~中学年の頃
私は強迫観念に悩まされていました。

どちらの足から歩き出さなければならないとか

〇〇しなければならない

それがとても多過ぎました
でもそれはストレスにはならないのです。

「そうできなかった時残る不快感」
それはもう叫びたいくらい不快でした。

最初は歩き方や手の位置、
お風呂やトイレのタイミングでしたが
そのうちに、
手の上側を舐めなければいけない
手首を太ももに当てなければいけない
眉間にシワをよせなければいけない
…と謎の行動に拘束されました。


増えたり減ったりを繰り返し
今ではなにか一つ癖があり
定期的に変わるくらいに
落ち着いています。

その頃は、こんなものだ
と考えていましたが
今思い出すと、あまりに
制限された生活でした。


この頃くらいから、
頭の中がざわざわして
訳のわからない声や映像が
駆け巡ることがありました。


とても寂しがりでしたが
母はべたべたする人では
ありませんでしたので
一緒に眠ってはくれませんでした。

2階でしたので床を叩いて
気を引いてみたり
階段の所でじっと待ってはみましたが、
(強迫観念で、9:30までに
2階に上がらないと
いけないと考えていました)

結局は
眠るときは耳を塞いで
息を止め、自分の鼓動を聞いて眠りました。





2011/02/20 (Sun)

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